2008年2月4日(月) がん告知

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2008年2月4日(月) がん告知

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明日への一歩 - 告知

<食道がん>と宣告されました。

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<がん>と宣告されて、病気への不安もさることながら、今後自分がどんな状況に置かれるのか不安を感じました。

<食道がん>の情報や病院、治療法の選択をするにも、専門書以外にインターネット上で公開されている同じ病気の方の闘病記が大変参考になりました。

私も、文章を書くことで、自分の置かれた状況を客観的に観察し、冷静に闘病していこうと思います。


2008年2月4日(月) がん告知


今日は、検査結果を聞きに行った。
検査結果は10日後には出るということだったけど、仕事が繁忙期に入っていたので、今日まで延ばしてもらっていた。

検査をやった後は、IRとしては一番忙しい時期で、検査の結果は全く気にならずに生活していた。
のどの辺りに腫瘍があると指摘されているので、なんとなく違和感はあるものの、それ以外の自覚症状は全くなかった。

廊下の待合席で待っていると、予約があったのですぐに名前を呼ばれた。
一緒に座っていた夫が外で待っているような素振りを見せたら、医師は「ご家族もご一緒に」と言った。

二人で診察室に入ると、「あまりいい結果ではありませんでした」と言われ、「簡単に言うと<食道がん>です」と告げられた。
そして「内視鏡で手術できる段階ではないので、外科を受診して下さい」と続けた。「検査のとき大丈夫だと思いますよ、と言っていたのにすみません」とも言っていた。「大丈夫だと思う」と言われていたことも忘れていた。

その瞬間は、ずっと抱えていたかすかな不安の正体が明らかになったので、「そうですか」と冷静でいられた。夫も冷静だった。(と思う。)

医師は早めの外科の受診を勧めた。
決算発表が終わって、今は個別取材がピークだし、その仕事が一息つく、2週間先の日程で調整しようとすると、明らかに横に居る夫が不機嫌になってきた。仕事に穴はあけたくなかったけど、仕方なく今週中に内視鏡の再検査と外科の受診を決めた。

検査室を出ても、夫は「なんで仕事を優先するの」と怒っていた。
私はそれだけ、<食道がん>ということを深刻に受け止めていなかったかもしれない。
ただ、仕事の予定を変更すると、このまま社会と隔離されてしまう気がして嫌だった。



その後、オフィスに出社し、直属の上司に病気のことを伝えた。
上司は一瞬黙ったあと、「ちゃんと誕生月に人間ドックを受けとけばよかったのに」とポツリと言った。
10月は決算発表がある月で、IRとしては一番忙しく、誕生月検診をサボる常習者だった。だから、いつも上司には注意勧告のメールが行っていた。
2ヶ月のタイムラグで状況が変わったどうかは分からないけど、これから職場に迷惑をかけるんだなと実感した。

打ち合わせと個別取材をこなし、明日の3回目の内視鏡に備えて早めに帰宅。
緊張の糸が切れたのか、電車に揺られていると、涙が自然にこぼれてきた。<がん>ということより、夫や妹、両親、親しい人々の顔が浮かんできて切なかった。そして、子供が産めなくなるかもしれないという考えが浮かんできて、それがとても悲しかった。

さすがに電車の中で泣いていると変なので、なんとかしなくてはと思っていると、メールニュースのテロによって死者が出たとの記事が目に入った。
理不尽に命を奪われた人の無念さを思うと、ちょっとだけ冷静になれた。

最寄駅に着くと、もう涙は出てこなかった。
夕食用の買い物を済ませて帰宅すると、お休みを取って病院から先に帰っていた夫は、いつものようにリビングに座ってパソコンをいじったりしていた。

手早く夕食を作り、いつものように時間が流れた。
二人とも、<食道がん>の話はほとんどしなかった。