2008年3月5日(水) 国立がんセンター東病院

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2008年3月5日(水) 国立がんセンター東病院

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明日への一歩 - 告知

<食道がん>と宣告されました。

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<がん>と宣告されて、病気への不安もさることながら、今後自分がどんな状況に置かれるのか不安を感じました。

<食道がん>の情報や病院、治療法の選択をするにも、専門書以外にインターネット上で公開されている同じ病気の方の闘病記が大変参考になりました。

私も、文章を書くことで、自分の置かれた状況を客観的に観察し、冷静に闘病していこうと思います。


2008年3月5日(水) 国立がんセンター東病院


国立がんセンター東病院で診察を受けるため、千葉県柏市へ。

慈恵医大病院での精密検査で撮影したフィルムを持参していた。
今日も夫がお休みを取り、付き添ってくれた。

東病院は思ったより近かった。午後からの診察だったため、首都高で渋滞に合わずに来れたのも大きく、1時間ちょっとで到着した。

東病院の敷地はかなり広く、都心にある病院とは雰囲気が違っていた。
ロビーの天井が高く、椅子の配置も広々としていた。

受付後、30分程で診察室に呼ばれた。
名前は本でもインターネットでも目にしていた<食道がん>の放射線化学療法で著名な医師。
分かりやすい本を執筆されていたので、勝手にイメージしていたのだが、そのイメージとはかなり違っていた。

精密検査の結果もあるし、すぐに治療が始めてもらえるのだろうと思っていたのに、まだ検査が必要だと言われた。
しかも、慈恵医大の時と違って、こちらの予定は聞かないまま、検査予定が入れられていく。

私の期待は裏切られ、失望に変わった。
しかも、放射線化学療法で著名な医師のはずなのに、場合によっては手術と言われたことも失望感を大きくした。
何度も言われたけど、「患部の位置が悪い」らしい。
手術は受けたくないと思っていたから、その言葉も失望感を助長した。
医師は、それ以上の質問はさせないという雰囲気を漂わせ、ほとんど検査の日程を決めただけで、診察は終わった。

診察後は何度やったかわからない程、病院に行くたびに行われる血液検査と尿検査を受けてこの日の予定は全て終了した。

確かに、治療をするために検査が必要なことは理解できる。
ただ、そのためにまた1週間も要するのだ。
納得いくまでセカンドオピニンを受ける患者もいるというけど、時間が掛かり過ぎる。

私の気分は激しく落ち込んでいた。
<がん>と告知されてから、一番の落ち込みだった。
いつまで経っても始まらない治療への不安、手術するかもという不安、いろんな不安が心の中で渦巻いていた。

車で中で黙っていると、夫が頭をなでてくれた。
「不安になっちゃったか」と聞いてくる。
ここまでずっと普通どおり生活していたから、私の様子の変化は想像以上だったかもしれない。
私はなんとか気分を変えたいと思ったけど、何もしゃべれずにいた。
気持ちの整理がつかなかった。



何もしゃべれないまま、1時間近く過ぎた頃、いつも行く量販店に到着。
何か買うものがあったわけではないけど、量販店を歩いて商品を見ていると気分が変わってくるのを感じた。

気分が少しづつ変わってきて、いつもの私に戻っていく。
その間、夫は何も言わずに付き合ってくれた。
夕食は夫のリクエストで豚汁に決定。
いつもの日常が戻ってきた。

夕食後、実家に報告の電話。
まだ検査が必要なこと、手術という可能性もあること、入院などの日程が決まらなかったことなど、医師から言われたことを伝えた。

手術の可能性について伝えた時、母が「声が出なくなるかもしれないってこと」と聞いてきた。これが、少し落ち着きを取り戻していた私をどん底に突き落とした。「治療方針は最終的には患者に選択権がある。手術なんて受けない」と言って電話を切った。

電話を切ったあと、後悔と失望といろんな感情と戦った。
ずっと黙っている私に、夫が「お母さんは何て」と聞いてきた。
いろんな感情が噴き出し、<がん>と告知されてから始めて号泣した。
夫が体を引き寄せ抱きしめてくれた。
電話での経緯を話すと、背中をトントン叩きながら、「お母さんは心配してるんだから、怒っちゃあかんで」と子供をたしなめるように言った。

分かってる。でも、声が出なくなるかもという、腫瘍が発見された当初から不安に思っていたことを聞かれて、感情のコントロールが効かなかった。
これからどうなるか、患者に聞かれても困るのだ。治療の方針も入院の予定もわかっていない今の状況で、何が言えるというのだ。

一人職場で事情を知っている上司に放射線化学療法を選択する可能性が高いと伝えた時「抗がん剤で脱毛するの」と聞かれたことがあった。
本には<食道がん>の抗がん剤は脱毛の影響は低いと書かれていたが、薬の副作用は人それぞれだし、まだ治療も開始していない私に聞かれても答えようがない。

ただ、この時には深く傷つかずに済んだ。
私の心配は脱毛にはなかったし、家族との距離感も違う。
しかし、家族からの言葉というのは、想像以上に傷つくものだと実感した。
そしてそれ以上に、心配してくれている両親に優しく接することが出来ないことに傷ついた。気持ちの余裕が思った以上になくなっていた。

夫は、泣いている私を不思議そうに見ていた。
<がん>と告知されてからも、夫の態度はほとんど変わらなかった。
そして常に口にするのは、「早期発見でめちゃラッキーだと思うで」ということだった。
心底「ラッキー」だと思っているらしく、あっけらかんとしていた。
その顔を見ていると、泣いているのが馬鹿らしくなってきて、病気と闘おうと気分が戻ってきた。

このところ、夫に助けられっぱなしだ。