2008年4月11日(金) 手術後7日目

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2008年4月11日(金) 手術後7日目

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明日への一歩 - 入院

<食道がん>と宣告されました。

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精密検査、転院を経て、現在<がん>治療のため入院中です。
<がん>と宣告されて、病気への不安もさることながら、今後自分がどんな状況に置かれるのかが不安を感じました。

治療方針を決断し入院したものの、今度は入院生活の不安を感じます。
そんな時も、専門書以外にインターネット上で公開されている同じ病気の方の闘病記が大変参考になりました。

私も、文章を書くことで、自分の置かれた状況を客観的に観察し、冷静に闘病していこうと思います。


2008年4月11日(金) 手術後7日目


<がん>には限らないが、病との闘いは、暗く長いトンネルを走り続けることなのかもしれないと感じる。先に何があるか分からない状態で、きっと明るい明日があることを信じて生きる。手術から今日まで、そんな日々を過ごしていた。

そして、今日、長いトンネルの先に一筋の光明が見えたような日だった。

手術後始めて、朝の気配を感じて目が覚めた。
午前中は、あいにくの雨だったけれど、レントゲンや透視(再建した食道が予定通り繋がっているか造影剤を使って撮影)を終えると、きれいな青空が広がっていた。

食道は無事繋がり、お水(またはお茶)を飲んでいいとのこと。
検査室の窓からは、桜の花が風でハラハラと舞うのが見え、なんだか小さな門出を祝福してくれているように感じた。

恐る恐るお茶を口に含むと、スーッと染み渡る。痛むもなく問題なし。
お茶は美味しかったし、病室から見える青空も素晴らしかった。

手術後3日目、ICUから病室に戻った時には、少しづつでも自分に起きている状況を記録できると思っていた。それを糧に頑張ろうとも。
しかし、残念ながらそれは叶わなかった。

手術当日、今後更新するために、こんなメモを残していた。

----- 手術当日のメモ
手術前日の夜も、いつも通り寝付くことができた。そして、当日、看護師に起こされて起床。
下剤の影響、点滴台のアラームで、夜中3回も起こされたけれど、睡眠薬なしで睡眠を取ることができた。
自分はいつも通り、となんだか変な自信が沸いてきて、朝から気分は爽快。洗顔をして、化粧水、クリームをつけて、髪を整えて、手術の準備は万端。

点滴は、手術前後の水分・電解質の補給のため、テルモの商品(ソルデム1)に変わった。

手術前は、特にやることなし。
気分がいいせいか、なんだかワクワクしてくる。
手術が終わったら、治るんだ。痛みを感じる期間は、人生のうちの3万分の1に過ぎないはずだ。ゴールを目指して頑張るだけだ。
手術当日のメモ -----

手術室に入った記憶は全くなかった。
夫と母の話では、手術室に入るまで会話していたらしい。しかし、既に処置室で軽く麻酔をされていたので、本人の記憶としては欠落している。

記憶が再開するのは、手術後、麻酔が切れて、夫と母の顔を見たのが最初。なんと会話したかは覚えていない。
手術時間は、4時間半程。予定どおりだったと聞いた。

当日の記憶はこれぐらいしか残っていない。
痛みを感じた記憶もなく、ひたすら眠っていた。



2日目は、夫と前日帰国したばかりの妹、そして父が顔を出してくれた。
妹にとっては、青天の霹靂だっただろう。でも、この日記を見て、普段と変わらない(ちょっとハイテンションだったかな)様子だった。
私はまだそんなにしゃべれる状況ではなかったから、どんどん楽しかったアメリカのお土産話をしてくれた。

そして、手術後始めての歩行。全身から8本近くのチューブが出ている状態で、たぶんすごい格好だったと思うけど、問題なく歩くことが出来た。
みんなも感激していたようだけど、自分でも感激だった。

突然の痛みが襲ったのは2日目の深夜だった。
背中の激痛で目が覚めた。看護師が来てくれて、医師も駆けつけるものの、なかなか治まらない。結局、薬を追加し、私は疲れきって3日目の朝を迎えた。

ICUから帰っても、背中の痛みとの格闘だった。
手術で切った部分の痛みのコントロールは完璧で、痛くなっても、医師の指示ですぐになんとかなった。

しかし、様態はどんどん良くなっているというのに、背中の痛みは改善しない。薬を替えつつ、だましまだまし様子を見るものの、痛みはどんどんひどくなっていった。夜は、睡眠薬を使っても、1,2時間しか眠れなくなった。

手術後5日後からは、痛みは慢性化し、背中を丸めた姿勢しかほとんど取れなくなっていた。数種類の薬を交互に投与しても良くならず、強い薬を医師が試してくれる。そうすると、今度はその副作用に苦しむことになった。副作用もひどかったが、背中の痛みで横になることが出来なかった。背中に体重が掛かると激痛が走るのだ。そして、手術痕やチューブで横向きにもなれなかった。

痛みのピークは、手術後6日目だった。
いくつかのチューブが抜け、体が楽になってきていたものの、背中の痛みだけは良くならず、夜、看護師に「これじゃ夜眠れません」と泣き言を言った。
それでも、いままでの痛み止めしかないと言われ、始めて絶望的になっていると、日中忙しかった医師がようやく病室に来てくれた。
私の状態を確認し、「右側に残っていた(胸腔ドレーン)を抜きましょう」と言う。「痛みが取れるなら抜いてください」と訴えると、すぐに処置に入ってくれた。そして、劇的に状況が改善したのだった。

手術前、どういう痛みが、どの程度私に待ち受けているのか知りたいと思っていた。ゴールが分かれば、カウントダウンして我慢しようと思っていた。しかし、そういった情報はほとんど無かった。

人によって、症状が様々であるということが一番大きいと思う。私が苦しんだ、背中の痛みは、他にも訴える人はいるようだ。私と同じように(胸腔ドレーン)を抜くと、ほとんどの人が痛みから解放されるそうだ。
しかし、これも患者の状況による。期待させる内容は禁物だろう。

今思えば、情報が無かったことは、一長一短あるけど、仕方が無いかなと思う。私も、手術後の経過はこれぐらいにしようと思う。

今言えるのは、ゴールは必ずあるということ。希望を失っちゃいけない。
まだ、洗顔するにも息絶え絶えという状況だけど、一歩一歩進んで行こうと思う。