2008年4月12日(土) 手術後8日目

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2008年4月12日(土) 手術後8日目

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明日への一歩 - 入院

<食道がん>と宣告されました。

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精密検査、転院を経て、現在<がん>治療のため入院中です。
<がん>と宣告されて、病気への不安もさることながら、今後自分がどんな状況に置かれるのかが不安を感じました。

治療方針を決断し入院したものの、今度は入院生活の不安を感じます。
そんな時も、専門書以外にインターネット上で公開されている同じ病気の方の闘病記が大変参考になりました。

私も、文章を書くことで、自分の置かれた状況を客観的に観察し、冷静に闘病していこうと思います。


2008年4月12日(土) 手術後8日目


ようやく癒えた痛みの後には、はげしい筋肉痛が待っていた。
一つ一つの動作に痛みが走るものの、気分だけは晴れやかだった。

今日から、いよいよ食事が始まる。
とりあえず、5分粥5分菜食とのことだが、朝届いた献立は普通の朝食と変わらない内容だった。
お味噌汁(具なし)が美味しい。日本人でよかったなと思う瞬間。
誤飲を防ぐため、よく噛み、飲み込む時にはあごを引く。慣れてくれば、普通に食べられるようになるそうだ。

食事は、1日6回に分けて採る。
まずは主食が3回。お盆で出された食事を半分食べて返すのがルール。それだったら、最初から半分にしておいたほうが環境に優しいのになと若干感じるものの、見た目のボリューム感で患者をがっかりさせない工夫かもしれない。そして牛乳、ヨーグルトやクッキーなどの間食で計6回。

食後は、30分ぐらいの安静が必要。しかし、横にはなると食べ物が逆流してくる危険があるらしく、座っているようにと言われる。
食後の歯磨きも欠かせないし、食事をすることが残念ながら今の私の仕事だ。
ともかく、朝食はむせもせず、気持ち悪くもならず、無事終了。

朝食後、予定どおり抜糸を終える。手術の傷も順調に回復しているそうだ。これで、点滴と、のどから出ているチューブが抜ければ、完璧。
しかし、のどのチューブがなかなか抜けない状況だった。あせってもしょうがない。背中と違って特に痛みは感じないので、1日3回の皮下注射に耐えて、抜ける日を待つ。

午後から、夫と妹、そして父が顔を出してくれた。
ちょうどそこに昼食が運ばれてくる。一同、しっかりした献立に驚いていた。ちなみに、今日の昼食は、

 かれい煮付け
 筑前煮
 チンゲン菜煮
 5分粥

だった。魚料理なんて、骨が刺さったらどうするのだろうなどと考えてしまうが、何事も訓練なんだろう。
慎重に骨を取りながら、食事。みんなが固唾を呑んで見守っている様子が分かる。



いろいろおしゃべりしたいが、いちいち息が切れて無念。
でも、痛みから開放され表情が劇的に変わった様子を見て、みんな安心してくれた。

夫は、ちゃっかり病院の理髪店に行っていた。病室に戻ってきて、理髪店の女主人(?)との会話を披露してくれる。病人が奥さんと分かって「奥さん居ないと大変でしょ」と心配してくれたらしい。「日頃の有り難味が分かるでしょ」とも。ひとまず「大変です」と返事をしたらしい。しかし、正解は「ほとんど何も変わりません」。

私が、夫にしてあげられることと言えば、お互いが自分らしく楽しく生活できるように支え合うぐらいだ。でも、今は、夫に支えられっぱなし。だから、早く元気になって支え合えるようになりたい。

夫は相変わらず、いいタイミングで、私を大爆笑させてくれる。手術の傷や筋肉痛に響く。
でも、いつの間にか、会話をしていても、息切れしなくなっていた。
これが、最高のリハビリなのかもしれない。

これで自信がつき、明日お見舞いに来てくれるという友人に返事することが出来た。
今日お見舞いに来てくれると言ってた後輩には残念ながら会えなかったけど、また会えるよね。

夜、夫と妹を下まで見送りにいく。今日は散歩をしてなかったから、その代わり。あせりはしないけど、どんどん動いて体力を回復させたいと強く思った。